有明海沿岸の漁民が諌早湾干拓地潮受堤防の閉め切りにより有明海の環境悪化及び漁業被害が生じていると主張して、国に対して堤防の撤去、排水門の常時開放と損害賠償を請求した事件について、佐賀地裁平成20年6月27日判決は、漁民の漁業行使権を根拠に、排水門の開放を5年間継続するという内容の請求を認容した。この事件は、本研究の目的である差止請求権の根拠と環境共同利用権の具体像の考察にとつて絶好の素材である。そのため、諫早湾干拓地の現地調査を実施して、関係者にヒヤリングを行い資料を収集して、事件の全体像を把握した。それととともに、その判決の内容を理論的に検討した。 同時に、一方で、民事法及び環境法に関する文献の収集を進めて、差止請求権の一般理論の検討を深化する基礎を強めた。その一環として、国道43号線・阪神高速道路騒音排気ガス規制等の請求に関する、最高裁平成7年7月7日判決を考察した。他方で、中山充『環境共同利用権』、「瀬戸内海フォーラムin香川」の研究成果等を素材にして、「里海」の実現と漁業権・環境共同利用権をめぐる法的課題について、考察をいっそう深めた。 以上の研究は、具体的な事件を分析の対象にしつつ、差止請求権の一般理論の検討を深化するものであり、差止請求権の一般理論にとつて有意義な成果を生み出すことと、環境共同利用権に基づく差止請求権の根拠及び要件を明確にすることに向けて、重要なステップを形成するものという意義を持つ。
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