本研究では、1960年代末から70年代前半にかけて、ベトナム戦争終結後の安定的なアジア地域秩序形成を目指して、米仏など西側主要国間が展開した、ベトナム戦後復興・開発援助をめぐる国際関係の歴史的展開を実証的に分析する。この事例分析を通じて、復興・開発援助の国際関係をドナー(援助国)側から分析するための理論的視座を提供することを目指している。 こうしたドナー諸国間の国益の調整とそれぞれの国の財政的制約については、これまでの復興・開発援助研究の死角となってきた。援助をめぐる様々な制約を越えて、ドナー諸国が「援助外交」という複数の大国が絡む複雑なゲームを通じて自らの外交力を創出していく過程を正面から分析する視座を築くことを、本研究の最大の目的としている。 本年度の当初の予定では、フランスでの資料収集を継続する予定であったが、フランス外務省資料室が郊外へ移転のため閉鎖されてしまい、さらにポンピドー政権期の大統領文書の開示申請の手続きが遅れていたために、残念ながら、本年度は見送らざるを得なかった。他方、来年度以降に予定していたイギリス国立公文書館、アメリカ国立公文書館、カーター大統領図書館で資料収集を行った。これらの調査によって、アメリカ側がどのようにフランスのベトナム和平外交を位置づけ、フランス側の持つ情報を利用していたか、イギリスがどのようにフランスの和平外交や戦後復興への取り組みを分析し、イギリス自身、財政的制約の中でいかにしてベトナム戦争後の地域秩序形成にかかわろうとしていたのか等が明らかになった。2007年度までに蓄積した調査結果及び上記調査に基づいた中間的成果を、2008年5月パリで開催された国際シンポジウム及び同年6月アメリカ・オハイオで開かれたアメリカ外交史学会(SHAFR)においてペーパーを提出し報告を行っている。
|