最終年度にあたる本年度では、これまで3年にわたる研究をまとめ、それを拙稿「民族自治制度とアイデンティティ政治-ザカフカス民族紛争をもたらした自治制度」(『法學新法』中央大学法学会、第117巻、第11・12号、2011年3月)に発表した。本研究では、コーカサスにおける、少数民族が、民族共同体ネットワークを通して、分離独立運動に発展していく過程を分析した。具体的には、ソ連構成共和国の二つの共和国、すなわちグルジア共和国内のアブハジア人の民族自治体(アブハジア自治共和国)、およびアゼルバイジャン共和国内のアルメニア人の民族自治体(ナゴルノカラバフ自治州)が、その自治体を基盤に民族ネットワークを通じて、分離独立を展開し、目的を達成する過程を論じた。本研究のもう一つの目的は、1970年代から考案されてきた多文化主義という民族共生の枠組みが、必ずしも民族共生、協和に結びつかず、それどころか民族紛争の原因にもなるという仮説を論証することにあった。かつてソ連は、その民族政策に基づいて、共和国、自治共和国、自治州等々、民族単位の自治体からなる連邦制国家であった。しかし、民族自治体が存在したことで、その自治体の外に存在する民族同胞とのネットワークが、少数民族の自治体の分離や統合を支えることに寄与した。また民族自治体の存在が、民族アイデンティの形成と維持に寄与し、こうした民族自治体および民族ネットワークの存在が、民族の自治体の地位格上げをめぐって、あるいは民族の統合、民族分離独立をめぐって民族紛争のきっかけとなったことも明らかになった。本研究の意義は、連邦制、多文化主義、権力分掌など、多極共存型民主制が、民族共生の枠組みには決してならないことを、事例研究を持って検証したことにあると思う。
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