昨年度は、わが国の公益通報者保護制度を、企業内部の不祥事を内部告発する側の問題を心理学的ゲーム理論によって考察した。心理学的ゲーム理論では、各プレーヤーは、自分の行う行為が他人に対してどのように受け止められるのかに関する予測を立て、そうした二階の信念のもとで最適な行動を選ぶものと考える。この心理学的ゲーム理論により、プレーヤーが犯した行為に対する罪意識をモデル化できる。この罪意識のモデルは著書『行動ゲーム理論入門』に発表した。従来の心理学的ゲーム理論では、各プレーヤーは自分が実際に関与した行為に関する罪意識しかモデル化できていなかった。 ところが、昨年度の研究では、この罪意識のモデルを拡張して、必ずしも自分自身が関与したわけではないが、自分が属するグループが犯した行為に対する集団的な罪意識をモデル化することに成功した。この集団的罪意識のモデルを前提とすると、これまで築き上げてきた企業内の地位や職を犠牲にしてまでも、企業内部の不祥事を内部告発するというプレーヤーの動機付けを明確にとらえることができるようになった。 しかし、この集団的な罪意識の定式化には複数の定義の仕方がありえ、そのどれが適切であるかは、実験室実験による実証的な検討が必要とされる。また、プレーヤーが二階の信念のもとで最適行動を選んでいるという、こうした罪意識のモデル化の大前提である心理学的ゲーム理論の仮定事態の現実性が、これまでも論争になってきたことから、こうした点も合わせて実証的に検討する必要がある。今後は、公益通報者保護制度を心理学的ゲーム理論に基づく集団的な罪意識の観点から再評価し、それをもって企業内統治のメカニズムについての理解をさらに深めていく予定である。
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