今年度の実績として、以下3点を挙げる。 1 「私文書」の文書類型を考察する際、先行研究の検討から、8-9世紀イタリア北部の人々の優れたリテラシー能力について、古代ローマの伝統を引き継ぐランゴバルド王国の影響と、西欧に大きな影響を持つカロリング王朝の文化政策に基づく影響を強調する2つの立場があることが明確になった。イタリア人研究者には、ランゴバルド王国がローマ以来の伝統を引き継ぎ、リテラシー能力の高さと文書主義の継承 を可能にしたことを、カロリング小文字でない筆記体・ノタリウスの書式・私文書利用の普遍性に看取して強調する立場が多いことを確認した。 2 農地契約文書について、特に刊行されている史料の多いミラノの文書に注目した。予定としてさらにクレモナの事例研究を考えていたが、当時の政治権力の結節点としてパヴィアの重要性に気付き、ミラノとパヴィアをあわせて検討する計画に変更した。8-9世紀北イタリアをランゴバルド期からの連続として捉えれば、ランゴバルド王国の中心であったパヴィアの重要性が増すからである。 3 応募者は幸い、パヴィアとミラノの国立古文書館で文書検索をする機会に恵まれた。ただし、パヴイア自体にはこの時期の文書は伝来していないことか改めて確認された。ミラノに伝来する9世紀の文書は、ミラノのアンブロシウス修道院宛のものが多い。ミラノの国立古文書館で9世紀の私文書の4通(832年・835年・837年・897年)を閲覧することができた。この時期のものは多くが刊行されているが、原本存閲覧し、その物的体裁・草書のような筆記体・王文書などは異なる書式・末尾の証人の自署の多さなどで、文書の特徴をつかむことができた。また、こうした文書を取り交わして修道院と契約する自由農民層の法行為の可能性、リテラシー能力の高さを実感できた。農民集団にもすでに社会階層的な分岐があったのではないかということが、想定できた。
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