平成20年度には、プロイセンの一行政区アムト・アルトールピン(旧王領地)を対象に、領主(=国王)・農民間の権利義務関係の調整・償却に関する史料を収集し、個別の村落・農家と領主との間で行われた交渉について網羅的かつ詳細な分析を行った。その結果、「領主の木材支給停止に対する農民の抵抗」という仮題の論文を八割方書き上げることができた。近く完成させ、ドイツの学術雑誌に投稿する予定である。この研究を通じて得られた知見は以下の通りである。 第一に、調整や償却において、農民が王有林から建築・修繕用木材の支給を無償・廉価で受ける権利(木材権)の停止が最大の争点の一つとなり、それに対する農民の抵抗が大多数の村落に認められた。その際、木材権のより有利な条件での償却を求める農民が自らの屋敷に火を放ったと見られる事件が起こるなどし、王政当局と農民の交渉はしばしば非常に難航した。 第二に、こうした農民の木材権への固執は、プロイセンの森林が、都市林を除いて大部分国王ないし貴族の所有に属していたことと関係する。従って、農民所有林を持たない村落において、とりわけ農民の木材権廃止への抵抗が激しいという傾向が、ある程度確認された。 第三に、農民の木材権継続要求の実現度合には、村落によって著しいばらつきが見られた。個々の村落における旧来の領主・農民関係のあり方に規定されつつ、木材支給をほぼ無償で打ち切られてしまった村落が存在する一方、木材権を農業改革後にまでそのまま持ち越しえた村落も少なからず存在した。 以上の研究は、「領主の権利」の背後にあって従来あまり注目されてこなかった「農民の権利」の償却にも光を当てている点で、また「農地」の背後にあって従来あまり注目されてこなかった「森林」の権利関係にも光を当ててる点で、プロイセン農業改革史研究の革新に一定程度貢献すると思われる。
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