平成21年度においては、活動の広域志向性を特徴とする近江商人諸家においては、どのような形で三方よしやCSRに通底するような家訓や遺訓がみられるのかという観点から、松居久左衛門家の史料を整理し、調査分析を加えた(「近江商人松居久左衛門家の蓄積と理念」(同志社大学『経済学論叢』第61巻第3号))。本論分においては、同家の150年に及ぶ純資産蓄積過程を解明し、とくに三代目遊見の時代が最盛期であったことを突き止めた。遊見の商いの基本には、商機を他者と共有しようとする自利利他の考え方があり、それは多くの後進を近江商人として育て、地域社会の貢献につながった。近江商人の筆頭に位置づけられた遊見の商いの隆盛は、高い経営理念に共鳴してはじめて可能であったことを実証した。また、夏期にカナダのヴァンクーヴァーにあるユニバーシティ・ブリティッシュコロンビア大学の史料図書室を訪問し、滋賀県移民を中心とするビジネスによる定住過程を中心にしたこれまでの自分の論考を整理し、『日系カナダ移民の社会史-太平洋を渡った近江商人の末裔たち』と題する単著をミネルヴァ書房から刊行した。同書によって、近江商人の末裔ともいえる滋賀県出身者のビジネスを通じた定住には、江戸時代以来、近江商人の全国での出店定着とも共通する出店設置の地元に配慮した理念が有効であったことを実証した。 このような研究は、蓄積過程を中心とする経営分析と、経営を支えていた理念の両面から近江商人の経営を照射しようとする新しい視点を取り入れている。それだけに、江戸時代から続く商人の経営理念の研究は、CSRの日本的先駆形態として、世界に向けて日本の経営思想に含まれる普遍性と独自性を実証し、発信できる可能性と意義がある。
|