平成22年度においては、在地性を維持した広域志向性を特徴とする近江商人諸家においては、歴代当主にどのような事柄が生起したのか、また家業承継にどのような力が働いたのかという観点から、蒲生郡日野出身の野田六左衛門家の史料を整理し、調査分析を加えた(「近江商人野田六左衛門家の系譜と蓄積過程」(同志社大学『経済学論叢』第62巻第4号))。本論文においては、同家の250年に及ぶ系譜を調査し、歴代当主の事歴について明らかにした。また同家の純資産蓄積過程を江戸中期と幕末期、明治期について解明した。その結果、同家存続の要因として3点をあげることができることを解明した。第1点は四代目当主が、家業承継からみて、悪徳とみなされる行為によって事実上破綻したが、押込め隠居の処分を受けて、実弟が五代目を継ぐことによって、家運を挽回したことである。第2点目は、五代目の時代に、娘に婿をとって分家させて経営陣を強化したことである。娘の分家は分家の形態としては珍しいあり方であるが、立派に幼少の六代目を補佐して明治前期の難しい時代を乗り切ることができたことである。第3点目は、幹部店員に純益の1割を大儀料という一種の賞与を与えることによって彼らの忠誠と奮励を導き出す制度を取り入れたことである。以上によって、野田六左衛門家という個別商家の家業承継に関する仕組みを明らかにできた。このような研究は、蓄積過程を中心とする経営分析と、経営を支えていた仕組みや理念の両面から近江商人の経営を照射しようとする新しい視点を取り入れている。それだけに、江戸時代から続く商家の研究は、老舗大国としての日本の経営と理念を実証し、世界に向けてその普遍性と独自性を発信できる意義がある。
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