経営戦略論の見地からは、市場から退出するか否かは経営者の戦略的な意思決定の問題である。日本企業はひとたび参入した市場からは容易に撤退しない傾向があるといわれるが、それは戦略的な判断による部分もあるであろうし、社員を解雇しにくいなどの日本の制度的な要因も考えられる。しかしその他に、いくつかの意思決定バイアスが介在していると考えられる。われわれは、そのようなバイアスの整理をおこなった。最も影響が大きいのが損失回避と埋没コストの錯誤である。損朱回避とは、損失を確定することを避けようとする心理である。赤字事業から撤退すると損失を確定することになるので、経営者はそれを避けるために赤字事業を継続するように動機付けられる。埋没コストの錯誤とは、つぎ込んだ金などの「もとをとろう」とする心理である。事業から撤退すると、投資資金の回収ができない。経営者はなかなかそれを諦めきれないようである。関連したバイアスには、コミットメントのエスカレーションがある。人間には行動の一貫性を保とうとする傾向がある。また、自分の責任が問われる状況では、正当化のためにも、それまでの投資を継続しがちである。事業からの撤退の方式のひとつに売却があるが、売却価格の算定にもバイアスがはたらく。最も注目されるのが授かり果である。人間は、あるのが自分のものになると、そうでなかったときよりもその価値を高く見積もるようになる。自社の事業については他社の算定よりも価値を高く見積もるために、売却価格の合意は困難になると予想される。
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