行動意思決定研究は伝統的に実験などの心理学のアプローチが中心であったが、本研究でわれわれが注目したのは進化心理学的なアプローチである。もちろんこのアプローチは従来の行動意思決定研究にもあって、協力行動の進化などについて一定の成果をあげてきた。われわれが注目するのは人間が抱いている倫理観に関係する進化論的アプローチである。たとえば、経済学では利己主義がモデルの根本にあるし、一般に人間はリスク・アバースな存在であることが仮定されている。しかし、リスク回避的であることがリスク・シーキングやリスク・ニュートラルよりも合理的であると証明することはできない。たしかに人間が生きていく上でリスク・アバースで得をすることもあるだろう。しかし逆にリスク・シーキングで得をする場面も多いし、リスク・アバースな選択だけをして生きていくことは不可能である。リスク・アバースなモデルが経済学の基礎になっているのは、そうしないと人間の意思決定を最大化問題に置き換えることが難しいという事情が大きい。しかしそれは学問上の都合に過ぎないのであって、生身の人間の意思決定の本質を探る行動意思決定研究では、そのようなアプローチを採用することはできない。本研究のトピックである撤退の意思決定についても、進化論的なアプローチでうまく説明することがいくつかあることがわかった。企業活動に限らず、何か前向きなことをしていて、それがしばらくうまくいかなかったとしよう。そんなときにすべての人間がさっさと撤退することは、本人にとっては得かもしれないが、人間社会全体としてはイノベーションがあまりおこらない。リスクをとることで多くの人間が失敗しても、ごく一部の人間が大成功を収めることでイノベーションが達成され、人間社会が発展しやすいと考えられる。
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