平成21年度は、平成20年度に実施した基礎的研究の結果を踏まえ、まず、本居宣長に関するこれまでの研究業績を批判的に検討した。これらをもとに、プレ近代思想の系譜、とりわけ荻生徂徠や伊藤仁斎との対比において本居宣長の固有の方法をとらえ、その無文字日本語への接近を概念的・方法的に明らかにした。本居宣長の研究方法を、言語ゲーム論の一次ゲーム/二次ゲームのモデルを前提に再構成することで、彼の業績の全体を整合的に理解できることが示された。この結論は、講談社の『はじめての言語ゲーム』第10章として発表した。 つぎに、この作業を発展させ、宣長『古事記伝』の方法を検証することを試みつつある。具体的には、古事記のテキストに対して宣長が枚挙的に行なった意味判定の手続きは、真に枚挙的か。また、真に相互連関的か。要するに、真に科学的か否かを検証する。この検証は、可能であれば、古事記のテキストを電子化し、テキストの重複部分を抽出するN-gram法の助けをえて、古事記伝の操作を逐例的に評定するかたちで行ないたい。この作業は、平成22年度に継続して実施する予定である。 これらの作業を通じて、当時の正統朱子学ならびに山崎闇斎の学統がそれをデフォルメした崎門学の批判的脱構築が、本居宣長の方法によってどのように可能であったかをあとづけ、それが、正統的な規範意識を上回る政治的正統性の信念を人びとに備給し、西欧的文脈とは異なるタイプのネイション形成がどのように可能になったかの道筋を、丸山真男の『日本政治思想史研究』の想定を乗り越えるかたちで明示したい。
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