平成21年度に行ったルーマンの『社会の科学』の翻訳とその理論内容の検討をとおして、一般的な社会システム論だけでなく、より具体的な社会システムとして科学という機能システムにかんするシステム論的な考察の方向性を固めた。それと同時に、中間的な単位に適用可能なモデル開発のケーススタディとして、科学技術の研究組織とそこで研究活動を行う行為主体としての科学者をとりあげた考察を行った。 具体的には、有力な共同研究者である東京工業大学の出口弘をとおして、慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所の研究チームと交流をもち、バイオテクノロジーが生物兵器に転用されるリスクが発生するバイオセキュリティの問題について、社会システムとしての研究組織とそこで研究活動を行う行為主体としての科学者という観点、およびセキュリティ管理の基礎となる倫理や評価基準の観点から考察を加えた。バイオセキュリティの焦点を、「情報の境界管理」という概念で表現し、セキュリティにかかわる研究情報が研究組織の境界を越えるリスクと、境界を越えないようにする規制の可能性を具体的に特定した。 バイオセキュリティにかんする「情報の境界管理」の困難は、規制の単位がすくなくとも国家と研究組織に二重化していて両者の利害が異なる点、研究組織に属する科学者が組織外での諸役割を含めた多元的役割の担い手である点にある。また、評価主体によってバイオテクノロジーの善用・悪用の基準が異なる点、科学的知識が真理を追究する中立的なものであっても、その技術的応用は真理とは異なる評価基準(有用/無用、有益/無益など)によって評価される点も問題である。
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