昨年度は、「国境を超える現象」の1つ、国際移民レジームを公共圏の観点から考察した。本年度は「再生産のトランスナショナル化」を検討課題とした。日本政府は、2008年インドネシアから、2009年フィリピンから看護師と介護士の候補者を受け入れ始めた。このケア移民政策は、「単純労働者」の受け入れであり、国境管理のジレンマを国境閉鎖の方向で解消するというこれまでの日本の方針に反する。 ところが日本は、国境管理ジレンマの閉鎖的戦略を手放しはしなかった。看護師・介護士候補者に厳しい条件をつけた。第1に、資格と経験が限定された。第2に、正式に働くためには日本の国家試験に合格することを求めた。 このような閉鎖的戦略への執着で国境管理ジレンマを解消することは、かなり難しい。再生産のトランスナショナル化が進み、社会的再生産に関して国境を超えた依存関係を形成してしまうからである。 第1に、ケア移民の導入は移民政策全体の見直しへとつながっていく。在留資格付与に関する「高度人材」か「単純労働」かという実態を無視したカテゴリー、在留資格「介護」の新設が議論になるであろう。 第2に、ケア移民が「研修」名目で事実上の「単純労働」に従事する可能性が高い。このことは、「使い捨て労働者」、外国人差別、女性差別の懸念と共に、ケア移民の導入と使用に経済的・社会的依存をつくり出していく。 第3に、これまでの外国人労働者が製造業や建設業などに従事する「見えない存在」であったのに対して、ケア移民は対人サービスに従事するため「見える存在」となる。その結果、日本社会の多文化社会化を大きく進め、再生産を国境を超えた現象にしいくことであろう。 以上のように、再生産のトランスナショナル化は国境管理ジレンマの解消を困難にしつつ、市民権制度を変容させる。その変容は、経済的生産だけでなく社会再生産をも国境を超えた現象とする根本的なものとなる。
|