本年度は研究計画に基づき、日本の産業メンタルヘルスの歴史・概要について検討するために、文献資料の収集・検討作業を行っている。教育社会学的領域における申請者の研究経験、とくに各種「学校問題」に関する知識に照らし見ると、産業領域のメンタルヘルスの歴史には一定の特性が認められる。それは、学校という制度に比べれば、身体的疾患・負傷に関する問題と向き合う必要性から、つまり組織として広義の医療との関わりがあったために、相対的に早い時期から精神科医や看護師が、その内部で医療専門家としての業務を開始していることである。具体的には、業種・企業規模にもよるが、1960年代から結核等の心身疾患がいまだ重要トピックである一方で、QC活動が一部社員を精神的に追いつめていること、あるいは社内統計的にも結核を抜いて精神疾患が療養者に占める割合がトップになったことなどが注目され、産業医の取り組みが開始されていたところもある。行政レベルでの取り組みが顕在化するのは80年代後半以降ではあるが、学校メンタルヘルスが社会全体の「心理学化」の趨勢の一部としてしばしば論述されるのとは、別様の歴史的経緯があることは十分に注意すべきであろう。また、今後フィールドワークを行っていくためのトピックとしては、歴史的経緯と現在的な現場の関心の高さなどを検討した結果、「うつ病」そして「パーソナリティ障害」が、職場を取り巻く環境変化と併せて検討すべき2大テーマと思われる。産業メンタルヘルスでは、様々な専門家や関係者の連携をどのようの生み出すのかが長らく意識されてきたが、それも一つの論点を形成するだろう。なお、本年度に行ったインタビュー調査からは、「出社拒否」などとくに若年層についてのトピックは、近年、企業というより若年者就労問題に関わる諸機関が担う問題と定義される傾向があるように伺われた。
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