(1)本年度は産業精神保健についての歴史的検討をさらに進めた。昨年度は1970年代までをまとめたが、1980年代以降から現在に至るまでの資料を収集し、90年代半ばまでの展開をほぼまとめることができた。70年代は、一部企業と関連学会で注目され始めながら、企業と精神医療が近づくことに対する批判が強くなり、潜在化した時期であったが、80年代は行政的な取り組みも始められた時期である。この背景には幾つかの目立った事故の影響も指摘されてきたが、資料を読み解く限り、労災に関わるものとしての切迫性には欠けていた。むしろ終身雇用を前提としつつ、その長い勤続生活のなかでの「躓き」や変化する職場環境に対する、とくに中高年層の不安を反映ないしは取り込んだものと解釈しうる。しかし、一度は「排除」装置と目され沈潜化した産業精神保健が、いわば「健康増進」策の形をとって再浮上しえたことは重要な歴史的転換であった。この部分は、「産業精神保健の歴史(2)」としてまとめたが、刊行はH23年度となる。 (2)上記の80年代の不安と90年代後半以降に顕著になる労働者の不安は質を異にするものと考えられる。それは組織・集団のもつ個人にとっての「保護皮膜」機能の失効と対応するだろう。この点を検討していく上で、U.Beckの「第二の近代」としての「個人化」論は貴重である。しかし、Beckの個人化論についての重要論考を集めた論集は翻訳もされていない。このため、研究計画には含まれていなかったが、BeckのIndividualizationの翻訳プロジェクトを立ち上げ(下訳者5名、監訳者1名)、出版社から翻訳権も獲得し、本年度は下訳作業を進めた。報告者は、序章(Beckら3名による)と第1-2章を担当し、すでに下訳を終えたところである。他の章もおおむね下訳が完了している。
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