1)産業精神保健の歴史として、本年度は1990年代以降から2010年までの動向とその背景をまとめた。とくに90年代後半以降は、行政的な取り組みが活発化し、様々な「心の健康」のための指針や通達がなされ、労災認定の判断指針も作成・改訂されていった。この一連の動きを促した社会的背景、そしてその動きの内部で生じた様々な議論や諸主体間の葛藤について、包括的に整理しつつ、関係者が様々なところで残した発言を多く織り込んだ。こうした詳細な記録は、他に存在しておらず、この問題領域に関心をもつ研究者あるいは実務家にとって、資料的な意味も持つ基礎的な文献になるものと思われる。労災に関わる行政訴訟・民事訴訟とその結果についての精神科医らの討論、自殺の急増とその背景も含めた諸議論、各種検討会・審議会で戦わされた議論やその結果として策定された安全衛生法の問題などが逐次検討された。その上で、幾つかの問題点を指摘した。産業精神保健が現場に導入されるときの繰り返されるパターンとして、特定の行為者-心理相談員→ライン→産業医-の担うものとして提示される傾向があり、事業主や組織体としての問題が後景化しやすいこと。この関連では、今後、とくに産業医の企業体における役割や機能が検討の焦点となりうること。あるいは、80年代までは存在した、企業に精神医学が関わる場合に生じる可能性のある問題について精神科医らの自省的な議論が90年代後半になるとほとんどなされなくなったこと。関連して、職場における一次予防的思考がともすると労働者を過剰労働へ駆り立てる危険性についても問題化されなくなっていること。これらを指摘できた。 2)2009年-の学会報告をきっかけに、静岡県下の小中学校における教員のストレス状況について、県の教員組合による調査に協力することとなった。調査票の作成から関わり、組合員から70%を超える回収率で調査票が集められ、2月より分析に入っている。
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