本研究では、新潟県を含む東北地方の主な漆器産地―村上木彫椎朱・津軽塗・川連漆器・浄法寺塗・秀衡塗・鳴子漆器・会津塗など―を対象にして、1990年代からのそれぞれの産地社会の再編の現状とこれからの生き残りをかけた職人層の具体的な動きを明らかにした。産地によって違いはあるものの、いずれにも共通して、漆器の工程間分業の体系にもとづいたかつての「産地体制」が急速に後退している。そのかわり、漆器産業の長い低迷にともなって産地内の問屋や製造小売業の力が衰えてきたために、各々の職人たちが独立したり独立せざるをえないようになったりしている。そして、その自立した職人たちが産地の内外の似たような職人たちと互いにネットワークを形成しつつ、これまでとは異なったコンセプトをもつ多様で斬新な作品を作成したり、それを市場に乗せるための新しい販路を開拓したりするようになっている。 そのなかで、これまで産地体制の末端を担ってきた職人層たちが、そこから脱してクラフト作家的な地位をめざす動きも大きくなりつつある。その動きは、大きな産地のなかでも見てとれるとはいえ、小さな産地でとりわけ顕著にみられる動きとなっている。とはいえ、こうした動きについてもまだまだ不安定な要素が大きくて-経営規模が小さいために、生産体制や販路の拡張にとってのリスクや限界が明らかである-、これまでの「産地体制」にとって代わる確かな動きになるかどうかは定かではない。今日、日本の漆器産地はこれまでにないような再編のさなかにあるが、それは「地方圏」の自立の一方途である「郷土産業社会」をどう作っていくかというテーマを内包した動きでもある。以上の成果について、2010年度の東北社会学会と東北都市学会の二つの学会で報告するとともに、それを踏まえて、『漆器産業の高度化と産地社会の新たな再編との対応関係に関する実証的比較研究』という報告書を作成した。
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