本研究の目的は2つある。1つは2006年度以降を中心とする開業医師の在宅医療実践とそこに生起する諸問題をとらえること。いま1つは在宅医療を社会運動の視点からとらえ、2006年度の医療制度改革以前に行われていた医師や看護師等による独自の取り組みを歴史的に理解し記述することである。2010年度は、九州では先駆的な取り組みを行っている有床診療所の訪問調査を実施。鹿児島県、長崎県、福岡県で在宅医療および有床診療所を運営する医師を対象としてインタビュー調査を行い、施設見学、事業所で働く看護師やソーシャル・ワーカーなど、医師以外のスタッフにもインタビュー調査を実施した。これとは別に全国各地の医療者や市民らによる、医療実践や市民の取り組みに関する情報交流の場としている全国大会に出席し、広く情報収集を行った。具体的には、2010年7月日本ホスピス・在宅ケア研究会・全国大会(鳥取県)、9月NPO在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク・全国大会(愛知県)、11月死の臨床研究会・全国大会(岩手県)へ出席。在宅医療や在宅ホスピスに取り組む医療関係者および市民と交流し情報交換をした。また2009年以来の継続調査として、山梨県のホスピス有床診療所には2010年5月、9月、11月に訪問し、参与観察と聞き取りを継続した。また、在宅医療にかかわる市民活動として5月に神奈川県大和市の大和生と死を考える会主催の年次大会、8月人工呼吸器をつけた子どもの親の会(通称バクバクの会)全国大会に出席した。以上の調査研究を通じ、日本において極めて少数のホスピス型有床診療所という医療実践とその役割は、「人間らしい死を迎えたい」志向と「家で最後まで看ること」の家族の不安を共に否定せず媒介し調停をはかるところにその特徴があるといえる。課題は、制度上の報酬がその役割と意義に対応し得ていない点の改善にあり、そのことが世代継承性の問題解決につながるといえる。
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