主目的は、戦前日本の優生学論議に関与する東大医学部生理学教室の役割を解明することにある。分析視点としては、同教室が日本女子大学校に与える影響力に注目し、女性の手による優生思想の啓蒙活動が男性主導で組織される経緯を明らかにした。啓蒙活動の担い手は、初代教授大澤謙二と、断種法制定運動リーダーとして名を馳せる二代目教授永井潜。両名の優生思想形成過程を、生涯と活動からまず通観した。次いで近年の歴史研究が優生思想を広義に捉える傾向を批判し、同時に日独国際比較の観点でこの研究動向の是非を検討することに時間を割いた。その際に、「母性」を標榜する筆頭にある日独フェミニストの優生学的言説の比較考察の知見に基づき、日本における歴史研究の偏在を指摘した。ここより、戦前日本の断種法制定運動が東大生理学教室を拠点とする男性主導であることが確認された。近年、通説化している平塚らいてうに代表されるフェミニストの陳情が、政策面で影響力を及ぼすことはなかった。時の権力と癒着する生理学教室と、日本女子大学校長・有力教員が同教室と連携して展開する優生思想の啓蒙活動が、双壁を成すことが分かった。女性主導の啓蒙活動を装いつつ、内実は男性が操作する権力関係が定位していた。ドイツ・フェミニストとの違いはこの点にある。 成果は、[URL]http://www.comp.tmu.ac.jp/yuseigakuに掲載。東大医学部の系譜が把握できる人物解題に力点を置いた。これは本科研の期間で検討したものの全てではない。HPの公開性を鑑みて選択をしたからで、順次、可能なものは掲載したい。予定では平成25年から独訳を試み、日独国際比較(ドイツ語圏全域)の優生学歴史研究の年表・人物解題と、拠点大学・機関、さらにフェミニストが率いる女性団体の紹介等をする。
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