本プロジェクトは、臨床心理学における質的研究の役割について明らかにしつつ、その教育法について具体的なプログラムを作成し、その実施の指針となるような報告書・参考書を作成することを中心的な目的とする。2年目にあたる2009年度は、文献調査や質的研究法を利用した研究実践、および海外の教育プログラムの視察を通じて、質的研究に必要とされる技能とその教育法を明らかにすることを試みた。 文献調査の中間報告としては、紀要論文などの形でその成果を部分的に公表し、それをもとにした著作の執筆を進めている。具体的には、質的研究を研究方法に関する研究として、どのようにその成果を読み、評価するかをまとめた。そのプロセスは、単にチェックリストに印をつけていくようなものではなく、評価の視点を自ら探りながら行う探索的なものにならざるをえないことを明らかにした。 実証的な研究として2009年度に力を入れたのは、語ることが語り手にとってどのような影響を与えるかを、縦断的な事例研究として明らかにすることである。そのなかで、語りという実践が未知の自分に対する投企であり、語るという実践が聴き手を媒介にして語り手の認知や感情・身体にも影響を与え、それが新たな自己への問い直しにつながっていくという構造をモデル化した。こうしたモデルは、心理臨床におけるカウンセリングの過程にも応用であることが考えられた。 2009年夏には、イギリスのカウンセリング・心理療法協会が主催する1週間のワークショップ、"Training the trainers in research methods"に参加し、イギリスにおける質的研究の教育方法の一端を体験することができた。そこで得た体験および資料に基づいて、紀要に報告を掲載したが、その体験や資料は今後のテキスト執筆にも生かしていけるものと思われる。 2009年度は、論文や著書の執筆がやや少なかったが、これは、質的研究法のテキスト執筆(単著)に力を注いだためである。その成果は、2010年度には形になる予定である。
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