本研究の目的は古典語コーパスを活用し、西洋養生思想にみられる「身体」と「心」に関連する語彙、用例を検証し、教育概念として整理することにある。検索された用例については、逐一、校訂本と対照し、語義分析を経て漸次データベース化することによって、分析を進めてきた。 本年度は、(1)BTL4、Bible Works (Ver.8)、及びPerseusサイトを活用したラテン語educatioの系譜の整理、(2)19世紀に西洋を席巻した骨相学関連資料を現地収集し、その分析・読解に従事した。 (1)educationの語源が、ラテン語educatioにまで遡ることは周知のことに属するが、その具体的な用例分析は緒についたばかりである。今年度の実績として、従来21件にとどまっていた用例の抽出を69件にまで向上させ、より緻密な概念分析が可能になった。その結果として、ラテン語educatioはギリシア語τρoφηと密接に関連した極めて身体的な言葉であり、子どもに栄養を与え、生命を養うことを原義とすることが判明した。さらにプラトンがしばしば用いたτρoφη-παιδειαの対句表現が、ラテン語ではeducatio-disciplinaと受けられるものであることもまた興味深い知見として加えることができる。従ってeducationの原義は「能力」を引き出すこととする見解は謬説に過ぎないことも明らかとなった。 (2)骨相学は近代の教育言説が能力概念に依存していく歴史的契機の一つである。本年度は、現存する雑誌・パンフレット類を現地図書館にて収集した。現代の脳科学がそうであるように、人間の能力を脳に局在化させた骨相学は、30個前後の能力の集合体としてのみ人間を扱う特異な学説を唱え、終息していった。しかし骨相学によって大衆化された能力を中心とする教育言説の布置は今日も健在であり、教育に関する思惟を規定していると言える。
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