本研究の目的は西洋古典を収録した電子コーパスを活用し、西洋養生思想における「身体」と「心」を表象する語彙・文脈を手がかりにしながら、その教育思想的意義を探ろうとするものである。最終年度にあたる本年度は、四年間継続された本研究の成果を確認し、論文、公開シンポジウム等の形で情報発信することに務めた。 (1)研究計画立案当初、西洋古典における養生思想の性格を鮮明にするためにも、近現代の衛生論、特に20世紀アメリカの精神衛生運動や19世紀イギリスの骨相学との比較研究を遂行する予定であった。骨相学に関してはすでに前年度までに、研究協力者の助力を得て、予想以上の成果を得るにいたっているが、精神衛生運動に関しては、研究協力者が中国に帰国したこともあって、やや遅滞しがちであったが、ようやく本年度、論文として上梓することができた。これは本年度の成果として特筆すべきである。 (2)本研究の達成を「教育・福祉・統治性」(『教育学研究』第78巻)に発表した。当該論文では、1.近代の教育思想が顕著な能力論として展開していたこと、2.それは統治論と接続した形で、人間を能力として把握し、有用なる資源(資本)として論じる言説の型を確立したこと、3.福祉を実現しようとする統治は、教育による能力開発を通じて可能と見做されてきたことを強調しておいた。このような見解は西洋養生思想のもつ教育概念史上の意義を検討してきた本研究の成果から導かれたものである。すなわち当該論文では、4.educatioの原義は能力を引き出すことではないこと、5.用例では、educatioがτροψη(食糧、養育)に対応させられているケースに端的に表れているように、〈食〉を核とした〈生〉を養い育てること、すなわち〈養生〉であるということを史料に即して主張し、これと対照的に近代以降の教育言説は「能力」に依存して構成されているという見解を示すことができた。本研究の達成を示す当該論文は、近年の教育思想史研究の重要な成果である。
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