研究概要 |
本研究の目的は,我が国の小学校音楽教育が唱歌から脱皮し,音楽科教育としての成立条件を整備していった昭和初期,1930~40年代の動向に焦点を当て,その形成過程の諸相を明らかにすることにある。 まとめの年度である平成22年度は,昨年度の成果を受けて,長野県上田市の旧塩尻村,神科村,豊里殿城村地域住民で,当該時期に尋常高等小学校および国民学校を卒業した年代の卒業生にたいして,音楽教育の受け手(学習者)としての意識を探るためのアンケート調査を実施した。上田市役所にて住民台帳閲覧作業を行い,アンケート内容の検討,発送作業およひ回収と内容分析を,7月~10月にかけて実施した。発送総数は777通,返送数162通,回収率は20.8%であった。 アンケート回答者の中から,さらにインタビュー対象者を抽出し6名の方に3月に,聞き取り調査を実施した。 平成22年5月の歴史的認知音楽学研究会において,当該時期の国民学校期音楽教科書の音楽的特質について,主として音楽のリズム面からの考察を行い口頭発表を行った。 また科研の最終年度にあたる本年度は,これまでの研究の成果を報告書の冊子にまとめ各所に配布した。長野県上田地域の昭和10年代におけるラッパ鼓隊,ブラスバンド,器楽,また電気蓄音機,拡声器,ピアノ等の整備状況を,学校文書およびアンケート調査から一定程度明らかにすることができたといえる。
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