リッチフローの特異性をスケーリングにより解析するために、そのスケーリング極限を研究することは本質的な問題である。しかし4次元以上においてはスケーリング極限の一般的な性質はあまり知られていない。例えば、スケーリング極限が(リッチ平坦でない)非自明リッチフローかどうかすら知られていない。スケーリング極限の非自明性が正しければ、よく知られた曲率テンソルの局所一様有界性の下での曲率のアプリオリ評価の仮定をリッチ曲率の有界性に置き換えることができる。そのため研究課題の曲率基点評価を得るためにもこの非自明性を証明することは重要な課題となる。スケーリング極限の非自明性を得るためにさまざまな方法が考えられるが、ペレルマンの導入したエントロピーやL幾何などの研究を前提とすれば、ひとつの有力な方法はリッチフローに沿ってある種の単調性を持つ量の挙動の非自明性を得ることによりスケーリング極限の非自明性を示す、というものである。本年度の成果はL測地線をハミルトン系により定式化して、簡約体積などL幾何における基本的な量の対応物を定義したことである。この新しい定式化の技術的な長所はカットローカスなどの特異性を直接扱う必要がない、という点である。代わりに一般の完全ラグランジアンを考察の対象とすることになる。測度を用いたL幾何の解釈などとの関係についてはまだ十分に考察できていないため、この定式化が本質的な進展となりうるのかまだ明確でないが、しばらくはこの新しい定式化の下で考察を進めていくことを今後の研究の指針としていきたい。
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