1. 高エネルギー原子核衝突における完全流体計算の成功により、相転移近傍におけるクォークグルーオンプラズマは強結合系であり、その粘性は非常に小さいことが知られるようになった。しかし、これから一歩進んで粘性を考慮した流体計算を相対論的に行う場合、ナビエ・ストークス方程式を単純に相対論化した方程式では不十分であり、イスラエル・ステュワート形式というエネルギー運動量テンソルの緩和を考慮した理論が必要となることが知られている。この理論には粘性をはじめ多くの輸送係数が現れるが、それらの非摂動的な理論的理解は全く手付かずの状態である。我々は、これらの輸送係数のあるものについて、それらの比が虚時間格子ゲージ計算によって解析接続の手続きを経ずに直接計算できることを見出し、さらに、その量を並列スーパーコンピューター上で数値計算を行うための基礎研究を行った。 2. 高エネルギー原子核衝突においては、さまざまな量の揺らぎが測定されてきた。その多くは、系が臨界終点の近傍を通過すると揺らぎが増大するという予測に基づいて行われてきた。そして、奇数次の揺らぎのモーメントは消えるという仮定に基づき、偶数次のモーメントが主として測定されてきた。我々は、この今までの暗黙の了解に反し、奇数次のモーメント、特に3次のモーメントは一般に消失せず、その符号は相転移の前後で変化するということをモデルに依らずに示した。そして、以前提案された保存量の揺らぎの理論と組み合わせることにより、保存量の奇数次のモーメントの符号は系が高エネルギー原子核衝突において生成された時の相の情報を担っているということを示した。これは、従来の偶数次のモーメントの理論ではその大きさからしか相についての議論が出来なかったのから比べると、格段に揺らぎという観測量の持つ可能性を拡げたものである。
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