水素結合が関与する相転移を示す水素結合型誘電体において、水素結合の軽水素(プロトン)を重水素(デューテロン)で置換すると、転移温度が顕著に上昇する。多くの水素結合型誘電体では、酸素-酸素原子間に水素結合が形成され、高温相では水素結合中のプロトン(デューテロン)は2つの平衡位置を持ち、低温相でどちらか一方に秩序化する。水素結合型誘電体の同位体効果を理解するため、KHCO_3、KH_3(SeO_3)_2の高温相の水素結合系に対してプロトントンネリングの検証を行った。 (1)KHCO_3及びKDCO_3の高温相の中性子構造解析から得られたプロトンとデューテロンの分布密度には次の特徴がある。プロトンとデューテロンの核分布で異なるのは、2つの平衡位置の中点近傍だけなので、2極小ポテンシャルはほぼ同一と見なせる。中点近傍でのプロトンの分布確率はデューテロンより高い。これらの核分布を再現するため、ダブルモースポテンシャル中のプロトンとデューテロンのシュレディンガー方程式を数値的に解いた。得られた波動関数から求めた核分密度は、実測の核分布密度の特徴を良く捉えている。この解析から、プロトンではトンネリングが顕著であり、中点付近の分布確率が高くなっていることが分かった。従って、プロトン間距離(R_<HH>)はデューテロン間距離(R_<DD>)より見かけ上小さくなっており、またプロトン系の酸素間距離は僅かに小さくなっている。 (2)KD_3(SeO_3)_2の高温相の中性回折強度の測定をJRR-3Mに設置されているFONDERで行い、MEM解析を行った。平成21年度に得られた軽水塩のMEM解析の結果と比較すると、KHCO_3とKDCO_3の核分布密度と同様な特徴を有していることが分かった。
|