研究概要 |
量子カオス系のエネルギー準位分布のゆらぎには,ランダム行列理論により記述される普遍性があることが知られている.本年度に発表した研究においては,時間反転対称な系のエネルギー準位相関関数を半古典的に評価し,エネルギー準位が互いに離れているときの漸近形については,ランダム行列理論の予言が再現されることを示した.また,磁場の作用により時間反転対称性が破れる場合について,普遍性クラスの遷移領域におけるエネルギー準位相関が量子系の時間発展にどのように反映されるかを調べた論文を発表した.さらに,ランダム行列理論の量子色力学(QCD)への応用について考察し,カイラルガウス型アンサンブルとガウス型アンサンブルの間を連続的につなぐモデルについて研究を進めた.その結果,対応する歪直交多項式のコンパクトな表式を用いて,行列の次数が大きい極限における固有値相関関数の漸近形を評価することができた. ランダム行列理論の方法は,インターネットや人間関係などのつながり方を記述すると考えられている複雑ネットワークの理論にも適用できる.本年度に発表した研究においては,複雑ネットワークの静的なモデルについて,隣接行列およびラプラシアン行列の固有値分布を調べた.その結果,平均次数(1つの頂点から出る辺の数の平均)が大きい極限では,固有値密度を解析的に評価できることが示された.また,2種類の頂点をもつネットワークについても静的なモデルを構成し,同様の方法により,隣接行列およびラプラシアン行列の固有値密度を評価する研究を進めている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
直交多項式に関係したランダム行列アンサンブル,半古典量子論,複雑ネットワークのいずれの方向においても着実に成果が得られており,特に国際的な共同研究の機会が効果的に活用されている.これまでのところ,ランダム行列の普遍性を検証する形の研究が多いので,普遍性の破れの記述についてより深い結果を得ることが望まれる.
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究において効果的であった国際的な共同研究を推進し,海外における新しい進展を積極的に取り入れたい.さらに,これまでにない新しい発想を得るために,異分野の研究者との交流の機会を広げるように努める.また,ランダム行列の普遍性の破れの記述をより深く追求するために、場の理論的な手法の開発に重点をおいて取り組むことを予定している.半古典量子論においては,数理的な基礎を追求して,より信頼性のある解析手法の確立を試みるつもりである.
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