研究概要 |
本研究課題の初年度である平成20年度は主に,グラフ上の酔歩の大偏差統計解析により,グラフの幾何学的特徴を抽出することを試みた.遷移行列(フロベニウスーペロン演算子の行列表現)を大偏差統計解析の枠組みで拡張し,その最大固有値から得られる統計構造関数や優固有ベクトルから得られるギブス確率測度の対応量を用いグラフの特徴的な局所構造を捉えることに成功した.実在するソーシャル・ネットワーキング・サービスから得られたグラフ(ネットワーク)をこの手法を用いて解析し,この社会ネットワークのコミュニティ構造を抽出することができた.他の解析対象として,英語やドイツ語で書かれた文章の大偏差統計解析を試みた.これらの言語は単語と単語が空白で区切られた構造をしている.文章の流れに沿って各単語に含まれるアルファベットの文字数が時間変動すると考えると,文字数は時間的に変動する力学量とみなすことができ,その大きな揺らぎを解析することができる.従来,文学作品の真贋判定には,文字数の出現頻度などが用いられてきたが,大偏差統計解析も言語の統計解析手法の一つとして有用であることを示すいくつかの予備的な結果を得た.書き手の個性は平均文字数や文字数の出現頻度に現れるが,平均値の周りの大きな揺らぎは書き手によらず普遍的である.そのほか,本研究課題と関連する時間相関関数の系統的近似法や遷移行列の固有値統計に関する論文は平成21年度中にProgress of Theoretical Physics誌と形の科学会欧文誌FORMAに掲載されることが決定している.また,本補助金の支援を受けて,2008年8月30日(土)に九州大学箱崎キャンパスにて「非線形物理学・非平衡統計力学に関する連続講演会」を,2008年10月31日から11月3日にかけて京大会館(京都市)及び芝蘭会館別館(京都市)にて「第66回形の科学シンポジウム『非平衡統計力学・非線形物理学と形の科学』」を開催し,関連分野の研究者との学術的交流を深めた.
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