研究概要 |
研究課題名の「大偏差統計解析の新たな展開」という題目にふさわしい,森の射影演算子法を用いた大偏差統計関数の数値解析手法の提案に関する研究報告を中心に行った.実測の時系列(信号)から定義に従った大偏差統計関数の分配関数を求めた上で,レート関数を求めると,有限サンプル効果と呼ばれる観測可能な揺らぎの幅が時系列の長さや粗視化する時間幅といったパラメータに依存する制限を受けるが,提案手法の場合,分配関数が従うある種の運動方程式を近似的に解くことになるので,有限サンプル効果の制限を受けず広い範囲の揺らぎを捉えることに成功した.また,これにより,ローレンツ系に現れる局所軌道拡大率が発散することで現れる新たなタイプのq相転移(大偏差統計関数の非解析性)が拡大率スペクトル(局所軌道拡大率のレート関数)の直線部分として現れることを示し,その可解な一次元カオス写像モデルも合わせて提案した.これは,実根を持たないxについての二次方程式x^2+1=0の実根をニュートン法で求めるときに現れるカオス写像で,その不変密度関数はコーシー分布となる.任意の時刻の値が初期値と時刻によってあらわに表現できる可解カオスモデルで,局所軌道拡大率は非双曲性と拡大率の発散による二つのq相転移を呈する.このよう・に新たなタイプの可解カオスモデルの提案ができたのではないかと考えている.前年度以前から研究を継続しているグラフ・ネットワーク上の酔歩によるリンク構造とノード特性量(ノードごとに与えられた時間に依存しない量)の分布の両方の特徴づけについても研究を続け,複雑ネットワークの基礎モデルでのq相転移の相の意味を考察した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
近接領域の研究者との研究討論により,射影演算子法による大偏差統計関数の効率的な計算手法の提案という新たな着想を得て,この方向で大きな進展がみられ,複数の口頭発表による成果公開を行った.この研究課題の題目である「大偏差統計解析の新たな展開」という名を冠するにふさわしい研究ができた.平成24年度中に原著論文として公開することを目指して,順調に準備を進めている.交付申請書には,「SSH対象校の高校生向けに研究成果をわかりやすく解説する場を設ける予定である」と記したが,実際に,非線形科学セミナー「大偏差統計とその周辺」を2011年4月30日に九州大学西新プラザ中会議室にて開催し,SSH対象校の福岡県立小倉高等学校の生徒を招き,研究内容をわかりやすく解説するアウトリーチ活動も行った.
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