対流と傾圧不安定の相互作用に注目した高緯度海域における底・深層水形成過程の物理機構を明らかにするため、傾圧流が存在する理想化された背景場に対して一様な海面冷却を加え続ける実験を、3次元非静水圧方程式に基づく数値モデルを用いて行った。モデル領域(格子幅)は、対流と傾圧不安定のいずれもが再現できるように、水平100km(100m)、鉛直3km(3〜50m)とし、成層の強さ、傾圧流の強さ・深さや海面冷却率に対する現象の依存性を調べた。傾圧的に安定な流れは、海面冷却にともなう対流がほぼ鉛直一様な混合層を形成することによって不安定化し、高・低気圧性渦を生成する。それらの性質は線形安定性解析から見積もられるものに一致した。すなわち、成層が弱いほど、よりスケールの小さな不安定がより早く成長する。傾圧流が全水深にわたる場合には、海底付近に形成される高気圧性渦は非常に微弱であるのに対して、傾圧流が全水深に及ばない場合には、対流混合層の底に顕著な高気圧性渦が形成される。その渦は混合層水を効果的に取り込み、海面付近に形成される低気圧性渦と対をなして、傾圧流帯(密度前線帯)から速やかに遠ざかることが認められた。また、高気圧性渦に取り込まれた海水層には弱い成層構造が見られた。これらの性質は、ラブラドル海やグリーンランド海でしばしば観測されるsubmesoscale coherent vortex (SCV)の性質に一致しており、対流と傾圧不安定の相互作用がSCVの生成機構として働く可能性が示された。
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