酸性降下物等により森林土壌からのカルシウム(Ca)流出が増加すると、Ca欠乏が動植物の生育に悪影響を及ぼすことが懸念されている。本研究では、水に溶解しやすく土壌に保持されにくい有機錯体CaによりCa流出が加速される可能性に着目し、「森林土壌から渓流に流出する溶存態Caは、Caイオンとして存在するのか、可溶性有機錯体として存在するのか」を明らかにすることを目的とする。 渓流水試料の有機錯体Ca濃度を求める方法として,イオンクロマトグラフで測定したCa濃度(CaR:Caイオン濃度と有機錯体Ca濃度の和)から電極法で検出されるCaイオン濃度(CaI)を差し引く方法を検討した。はじめに,CaIの定量誤差が有機錯体Ca濃度を上回ると,有機錯体Caの有無が判別できないことが懸念されたため,クエン酸-Ca錯体やEDTA-Ca錯体に関する室内実験結果を行った。その過程で,従来注目されてこなかった,電極リガンドが有機錯体CaからCaイオンを引き剥がしてCaIを過大評価する現象が明らかになった。 室内実験結果を総合すると,有機錯体Caの定量が可能となる条件は次のとおりであった。1) 電極法によるCaIの定量誤差(1mMで7%,0.1mMで11%,0.01mMで20%)よりも高い割合で有機錯体Caが存在すること。例えばクエン酸0.02mMの場合,CaRは0.06mM以下であること。2)電極リガンドが有機錯体CaからCaイオンを引き剥がしてCaIを過大評価する現象が問題とならないほどCaIが高いこと。例えばクエン酸0.1mMの場合,CaRは0.2mM以上であること。試料がこれらの条件を満たすか否かは試料中リガンドの質と量に依存するが,環境試料が1)と2)を同時に満たすことは希であり,渓流水試料中の有機錯体Caの定量は困難であることが判明した。
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