前年度までの研究では主に有機化合物を対象とした計算を行い、化学反応や光励起などをターゲットとして電子状態の特徴を引き出し、溶媒和などの外場の影響について調べて来た。今年度も引き続きこれらに関わる研究を進めた。具体的な事例をあげると以下の通りである。 (1)スチルバゾール化合物では電子遷移エネルギーの溶媒による変化(ソルバトクロミズム)が観測され、特に水素結合に代表される局所的な相互作用が大きな役割を果たすことがある。そこでRISM-SCF-SEDD法にTDDFT法を組み合わせて、メタノール、アセトニトリル、ジクロロメタンおよび水中における遷移エネルギーの計算を行った。実験値と比較すると励起エネルギーをやや過大評価したが、定性的な傾向としては概ね一致する結果を得た。 (2)近年、溶液内分子のイオン化ポテンシャルの測定が精力的に進められている。Koopmansの定理からも明らかなように、この変化量は分子の電子状態変化に直接由来していると考えられているが、実際の溶液内では注目する分子の電子状態と併せて溶媒の緩和も起こっており、複数の過程からなる複雑な事象である。RISMは平衡状態のための理論であり、原理的にはこうした緩和過程を記述できない。しかしながら溶媒緩和の線形応答性の仮定の下でこれらの効果を見積もり、均一な溶液中におけるイオン化のスペクトルの線幅を算出するための方法を提案した。観測結果と比較すると、分子種による差異はあるものの、概ね妥当な一致が得られた。 また電子構造を記述するより簡便な方法についても考察を進めた。これらを通して分子の電子状態およびその変化が、一般性の高い、見通しの良い手法で説明されることを示した。
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