研究概要 |
高励起有機分子に共通する分子内高速水素転位は,分子骨格の切断よりも速く進行するため,その経路,時定スケールを支配する主要な因子である.本研究では,ナノ秒~ピコ秒の時間スケールで比較的ゆっくり進行する一価有機イオンからのH_3O^+脱離をターゲットとし,水素転移過程および脱離機構を明らかにすることを目的とした.フェムト秒レーザーによる強レーザー場(10^<14>W/cm^2)誘起によるアルコール類からのH_3O^+生成量を質量分析測定し,量子化学計算の結果とあわせ,その機構を明らかにした. アルコール単体では,C_2H_4OH^+を中間体とした準安定解離によりH_3O^+が生成することが分かった.解離時間は数ナノ秒以下から数百秒にわたり,その時定数を決めているのは,反応障壁となるC_2H_4OH^+からC_2H_3OH_2^+への水素転位であることを明らかにした.また,H_3O^+脱離前に,分子内水素交換が完全に進行していることが分かった. 一方,クラスター化したエタノールからは,イオン収率としてH_3O^+生成が約6倍増大した.この機構は,単分子過程とは異なり,エタノール二量体から生成するプロトン化エタノールC_2H_5OH_2^+を経由した反応であることが分かった.H_3O^+脱離の時定数は1ナノ秒よりも短く,また,脱離前に分子内水素交換が2段階の時間スケールで進行している.速い過程は,C_2H_5サイト内の水素転移過程であり,脱離時間よりもはるかに速い.一方,遅い過程であるOH_2とC_2H_5サイト間の水素交換は,脱離速度の約6倍の速度で脱離過程と競合し,その時定数は遅くとも170ピコ秒と見積もられた.
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