研究概要 |
インスリンはさまざまな物理化学的条件下で、凝集態を形成する。その形態は、物理化学的条件によりアミロイド線維状、リング状、無定形の会合体とさまざまに変化する。熱により形成されたアミロイド線維の二次構造は、平行βシートを示し、Protein Disulfide Isomerase(PDI)のS-S結合を還元することにより生じるインスリン凝集体の二次構造は非平行βシート構造を示した。この二次構造の違いを説明するために、質量分析計(TOF-MS)により、PDI酵素触媒によるインスリンの還元反応に伴う分子量変化を追跡した。その結果、PDIによってインスリンはS-S結合を切断され、A鎖とB鎖が切り離される。切り離されたB鎖のSH基は、B鎖同士で結合し、B鎖の二量体を形成する。この二量体が金型となり、凝集体形成が促進される。二量体は天然状態では逆平行βシート構造を有しているので、凝集体を形成する際にも逆平行βシート構造がそのまま残り凝集体の特徴の1つとして現れることを明らかにした。 インスリンは中性pHでヘキサマー、酸性条件下ではテトラマー、ダイマー、モノマーとの平衡状態にある。20%酢酸pH3以下ではモノマーが主成分である。この溶液条件下で、60℃でインスリンのNMR測定を行ったところ、変性中間体構造と考えられる。変性中間体のNMR構造によるとA,B個々のサブユニットの構造は天然構造であるが、スブユニット間の相互作用は弱い。また45℃までの測定では、化学シフトの温度による非線形性が観測されていることから、何らかの高エネルギー構造への転移が観測された。また、温度増加に伴う信号強度の減少が観測されないことから、酸性・高温下で報告されている変性中間体は、天然のフォールド構造を維持していると考えられる。一方、圧力応答については、信号強度の変化が観測されていることから、酸性・高温下の変性中間体よりも秩序性が低い変性中間体あるいは変性状態への転移を示すと考えられる。化学シフトからは、温度と圧力摂動で顕著な応答を示した部位がおおむね一致しており、高温と低温では類似の高エネンルギー構造が安定と考えられる。
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