研究概要 |
本年度は、「熱揺らぎに基づく薬物の膜輸送」に焦点を当てた。高分解能溶液NMRとパルス磁場勾配法を組み合わせて、膜に対する薬物の結合量と膜の中の拡散をin situで定量する方法を開発した。以下に具体的内容を記す。 生体膜の最も単純なモデルとして卵黄レシチンの一枚膜ベシクル(LUV,直径100nm,濃度40-50mM)を取り上げ、LUVに対する抗がん剤5-fluorouracil (5FU, 2-30mM)の結合量の定量ならびに膜のなかの運動について検討した。温度は、脂質が液晶状態にある283-313Kの間で変化させた。その結果、^<19>F NMRを用いて、膜に結合した5FUとfreeの5FUのシグナルを、in situで同時に観測することに成功した。両者の運動性の違いを利用して、磁場勾配を適用することにより2つのシグナルを分離した。さらに、両者の拡散係数を決定して、帰属を確認した。2つのシグナルの積分強度比から、LUVに対する5FUの結合量をそのままの状態で定量することが可能となり、膜に対する5FUの結合量の濃度依存性を明らかにした。次に、^1H NMRを同じ系に適用し、^<19>F NMRと同様の結果が得られることを確認した。 膜に結合した5FUの拡散速度は溶液中にくらべて2ケタ近く小さくなり、膜脂質分子の拡散速度と等しくなった。しかしながら、高温では膜分子の拘束が少なくなり、独立して拡散する傾向が見られた。5FUはいずれの濃度・温度においても、約1割が膜に結合した。結合の自由エネルギーは-4〜-2kJ/molであり、膜の熱揺らぎと同程度であることを明らかにした。
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