研究概要 |
本年度は、まず、「熱揺らぎに基づく膜のなかの脂質分子の拡散」をNMRで解析した。リン脂質を構成成分とする1枚膜リポソーム(直径800nm)において、脂質分子の拡散をパルス磁場勾配(PFG)^1H NMR法により観測した。脂質がリポソーム表面を拡散するとき、短時間では、リポソーム自体の並進・回転に比べて、脂質分子の側方拡散による変位が支配的になる。リポソームのサイズが脂質分子に比べて大きいことによる。一方、十分長い時間が経過した後は、リポソームの並進拡散による変位が支配的になる。このように、見かけの拡散係数が時間に依存することを利用して、実測した拡散係数からリポソームの並進拡散係数と回転拡散係数を分離し、脂質の真の側方拡散係数を求めた。その結果、脂質の真の側方拡散係数は、リポソームの並進・回転の拡散係数の数十倍となり、脂質分子がリポソーム表面で非常に速く拡散運動する様子が明らかとなった。本方法は、今後、コレステロールや膜タンパク質など膜中の様々な分子の真の側方拡散を議論するうえで有効であると考えられる。 また、「ドラッグデリバリーの研究」では、前年度までに行った親水性の薬物に引き続き、新たに、水への溶解性が低い内分泌撹乱物質ビスフェノールAのフッ素化物FBPA,(CF_3)_2C(C_6H_4OH)_2について^<19>F NMRによる解析を行った。揺らぎによる「FBPAの膜への結合量」、「膜内の拡散運動」、「膜への結合と解離のキネティクス」を明らかにした。多核NMRを用いて、通常の一次元測定とPFG NMR測定を使い分けることにより、さまざまな速さで膜に結合・解離する薬物の運動をin situで定量化することが可能となった。今後、種々の生理活性ペプチドの膜へのデリバリーや膜タンパク質の動態のin situ解析など、興味深い系への適用が期待される。
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