自然界には、テトロドトキシンや種々のアルカロイドなどの生理活性をしめす多環状化合物が存在し、その神経作用、薬理効果等の作用機構に関する研究が精力的に行われている。しかし、合成化学的にこのような複雑な骨格を有する化合物を段階的に構築することは大変困難で非常にチャレンジングなテーマある。このような背景に鑑み、本研究では、予め歪をもつ合成ブロックを基本骨格に複数縮環結合した多官能性高歪化合物を設計合成し、熱、光および酸塩基触媒作用による骨格転位反応を行い新規多環状化合物の簡便な合成法の開発を目的とした。合成基本骨格として、共役分子であるキノンに着目し、シクロプロパン環、シクロブテン環、オキシラン環などの高歪小員環化合物を縮環させ出発基質とした。 具体的化合物として、ジベンゾシクロヘプテン環をスピロ結合で縮環したホモキノンエポキシドを合成し、BF3・OEt2触媒によるエポキシドの酸触媒分解を行い、分子内環化反応が起こることを見出し、新規多環化合物を高収率で得た。また、その反応速度論的解析からジベンゾシクロヘプテン環のコンポメーションが大きく影響することを示し、遠隔π-アリール基の関与によりエポィシドの開裂が促進されることが明らかとなった。同時に、従来、考察されてこなかったエポキシドの反結合Walsh軌道が重要な役割を果たすことを明らかにした。 また、ジアリール基を有するホモベンゾキノンエポキシドのアリール基に一連の各種置換基を導入した場合も、同様に遠隔π-アリール基の関与が認められ、エンド側のパラ位に電子供与性置換基が存在すると何千倍も反応が加速されることを示し、一方、エキソ側の置換基の加速効果は僅かであった。この置換基効果のハッメト式に基づく定量的解釈により、この遠隔π-アリール基はη-タイプの相互作用をしていることを証明した。これらの結果は、エポキシドの酸職場反応の機構および合成化学的利用を図る上で貴重な知見である。
|