汎用生体触媒(基質適用範囲の広い酵素)であるリパーゼとカルボニル還元酵素を合理的変異導入あるいはランダム変異導入により進化させて高機能化するとともに、有用な光学活性化合物を不斉合成するべく研究を進めた。 (1)リパーゼの合理的進化:苦手基質に対する触媒活性とエナンチオ選択性が同時に向上した二重変異体(I287F/I290A)を昨年度までに創製していた。今回、その二重変具体の基質適用範囲を調査し、合成化学的有用性を実証した。一般に野生型酵素は、両側に嵩高い置換基を有する2級アルコールに対してほとんど触蝶活性を示さずエナンチオ選択性も低い。実際にそれを確認した。一方、二重変異体(I287F/I290A)を用いると10種類の苦手基質がスムーズにアシル化されてエナンチオ選択性も極めて高かった。従来の野生型酵素が得意とする基質(1-phenylethanol)に対しても高い触媒活性とエナンチオ選択性を維持していた(むしろ若干、触媒機能が向上していた)。さらに、これらの基質をラセミ化できる金属(Ru)錯体とともに二重変異体を作用させることにより、動的速度論的光学分割を実施した。その結果、両側に嵩高い置換基を有する2級アルコールのエステル体を収率良く(~88%)高い光学純度(~98%ee)で合成できた。本研究課題を通して我々が創製した二重変異体(I287F/I290A)リパーゼは、従来の問題点を克服した素晴らしい生体触媒である。 (2)カルボニル還元酵素のランダム変異導入による進化 もともと我々のカルボニル還元酵素は、1M(200g/L)程度の高濃度の基質を不斉還元できる。本研究課題では、ランダム変異導入によってさらに高濃度還元できるようにしようとした。昨年度までに、野生型酵素をわずかに凌駕する3つの変異体を見付けていた。今回、その再現性も確認した。しかし、その塩基配列を決定できなかった。二つの遺伝子を二つのプラスミドベクターに配置しているせいかもしれない。 (3)ケトンの不斉還元による光学活性アルコールの不斉合成 有機触媒(含窒素複素環式カルベン)を用いた分子内交差ベンゾイン反応によって連続4級立体中心を有する二環式化合物を合成し、得られたラセミ体のケトンをカルボニル還元酵素を用いて光学活性アルコールへ変換しようとした。残念ながら、酵素反応が全く進行しなかった。
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