これまで小電流領域の真空アーク放電の工学的応用は進んでいなかった。これは、陰極および陽極からなる単純な電極系を用いるだけではアークプラズマの拡散によりアークが消弧しやすく、安定に維持することがきわめて困難であったことが要因となっている。本研究では、真空アーク放電を起こす空間および電極の周囲等に磁界を導入することにより、陰極点と陽極点が共に発生する小電流のアークを安定して発生・維持し、さらに両電極から発生する異種の金属イオンの量を制御することを目的としている。 本年度は、陰極点・陽極点から発生する電極物質のうち中性原子、1価イオン、2価イオンに着目し、夫々の電極からの発生量を、発光分光法により同時にモニタした。また、電極からの飛行方向による違いを、イオンの飛行時間(Time of Flight)を用いた時間分解測定により比較検討した。その結果、2価のイオンについては、電極軸方向へ向かうイオンの量は、電極軸と垂直方向へ向かうイオンの量と比べて2倍程度であることが分かった。また、各方向へのイオンの価数ごとの発生量は、放電の開始からの経過時間によって約10μsのオーダで変化することが分かった。このことは、発生する金属イオンを放電空間の外部に引き出して利用するイオン源の開発において、有利な電極の構造等を決定する上で重要である。また、放電の開始および停止をある周期で繰り返すことにより、イオンの平均的な組成の制御が行なえる可能性を示唆するものである。これらの結果に基づき、小電流でも長時間安定して2種類のイオンを同時に発生する、ドロップレットの抑制が可能な新しいイオン源が可能になると考えられる。
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