従来、小電流領域の真空アーク放電の工学的応用は進んでいなかった。これは、陰極および陽極からなる単純な電極系を用いるだけではアークプラズマの拡散によりアークが消弧しやすく、安定に維持することがきわめて困難であったことが要因となっている。そこで本研究では真空アーク放電を起こす空間および電極の周囲等に磁界を導入することにより、陰極点と陽極点が共に発生する小電流のアークを安定して発生・維持し、さらに両電極から発生する異種の金属イオンの量を制御することを目的としている。昨年度に、電極から各方向へのイオンの価数ごとの発生量は、放電開始からの経過時間により約10μsのオーダで変化することが分かった。これは、発生する金属イオンを放電空間の外部に引き出して利用する場合において、有利な電極の構造等を決定する上で重要であり、磁界の利用と同時に放電の開始および停止をある周期で繰り返すことにより、イオンの平均的な組成の制御が行なえる可能性を示唆するものであった。このため本年度は、同軸構造の電極を用いて軸方向ヘイオンを取り出すこととし、また外部電源より供給するアーク電流を短い周期で増減させるパルス電流変調を行った。これに必要となる電源装置は市販されていないので、半導体スイッチの多数同期運転方式による電源装置を製作した。これを用いた結果、電流を瞬時に増加させ始めてから約8μs後にエネルギー1.5keVのイオンが観測され、2価以上のイオンの割合が高くなった。一方、電流変調を行わない場合のイオンエネルギーは20eV程度で、1価イオンの割合が高かった。このことから小電流領域の真空アークの電流波形をマイクロ秒のオーダーで制御すれば、軸方向へ取り出す金属イオンのエネルギーおよび価数分布を変化させることが可能であることが分かった。この結果に基づき小電流動作でドロソプレットの抑制されたイオン源が可能になると考えられる。
|