グラフ理論はノードの位相的な関係性に基づく数学理論であるが、これを現実の事象に適用しようとすると極度な抽象化に伴い欠落する情報が多く、実効的な成果を得られない場合がよくある。本研究は、グラフのノードやエッジに属性を付与することにより、現実に即した状況を想定したネットワークベースのシミュレーションモデルを構築し、それを都市・建築の事象に適用してその有効性を検証するものである。 グラフの各要素がもつ属性は"重み"として記述されるが、本モデルで重要なのは次の2点である。ひとつは、その重みは静的に固定されたものではなく、時間と共に動的に変化するものであるという点で、いまひとつは、重みづけられた要素は、他の要素の重みに対しても影響を及ぼし、更なる変化の誘因になるという点である。自動車交通を考えた場合に、車線数が時間帯により異なったり、ある路線での渋滞が他の路線の交通量に影響したりしているが、こうした状況を記述するためには、有向グラフを基本とし、その属性が時系列上で変化するという仮定から出発しなければならない。ある変化が周辺にも影響を与えるという状況を調べるためには、そこで生じている変化は単なる多変量関数の関係性ではなく、複雑系を内包したものになっていなければならない。 今年度は、都市・建築空間の人やモノの流れを汎用的にシミュレートできるモデルを作成し、前年度までに開発したマルチエージェント・モデルをそれに組み込むことにより、エッジの太さや方向性が可変的な状況でエージェントがどのように振る舞うか、あるいは合理的な経路がどのように設定できるかといったことを調べた。このモデルは、自動車交通における車線数や一方通行をどのように設定するのが効率的かといった問題や、宅配便の配送ルートやスクールバスや福祉サービスの巡回路といった問題などに直結するもので、その活用範囲は極めて広いものと考えている。
|