本研究の目的は、応用力学的知見から、原子力施設周辺における大地震のシミュレーションおよび未知の断層を推定する逆解析手法の構築にある。この目的を達成するために、本年度は、弾性体および粘弾性体中における波動伝播問題の解析手法の開発を行った。 解析手法としては、境界要素法を用い、波動伝播問題を扱うために、時間ステップごとに逐次的に解析を進める手法として、Fredholm-Volterra型の境界積分方程式を基礎式とする時間領域境界要素法を開発した。時間領域境界要素法の定式化にはLubich(1988)により提案された「演算子積分法」を用いた。演算子積分法は繰込み積を適切に離散化する数値解析手法の一つであり、Volterra型の積分方程式に適用する場合には、数値解の安定性が良い、積分核のLaplace変換だけを使うので、より広範囲の波動伝播問題の定式化が可能であるなどの利点がある。本年度は、以下の諸問題について手法を開発した。 (1) 2次元弾性面外波動伝播問題。(既発表) (2) 2次元弾性面内波動伝播問題。(既発表) (3) 2次元粘弾性面外波動伝播問題。(既発表) (4) 3次元スカラー波動伝播問題。(未発表) (5) 3次元弾性波動伝播問題。(未発表) これらの波動伝播問題の解析プログラムは、目的とする大規模地震波動シミュレーターの主要なエンジンとなるものである。 境界要素法は、無限の地盤中を伝播する地震波の伝播問題のように、波動問題の解析に適した解析手法である。しかしながら、境界要素法には問題点がある。それは、境界全域における相互作用を一度に処理するために、蜜行列計算が必要とされる点である。蜜行列計算においては、少なくとも行列の大きさの2乗の計算量と記憶容量が必要とされる。すなわち、ここで想定している50km〜200km四方程度の地盤の解析においては、必要とされる波長を考慮すると、境界要素数は数100万〜数1000万ともなり、通常の計算機では計算不能となってしまう。そこで、従来から研究を続け、成果を挙げてきた「高速多重極境界要素法」を導入した。「高速多重極法」は天体物理学、分子動力学などのN体問題において広く利用されている解析手法であり、積分核の加法分解を利用して、遠方の点への影響の計算を大幅に短縮する手法である。高速多重極法では、さらに、分割統治アルゴリズムを使って、計算量および記憶容量を行列の大きさ程度に抑えることができる。すなわち、1000万要素の問題であれば、計算速度はほぼ1000万倍になり、通常の計算環境で十分に解析可能である。ここで用いる時間領域境界要素法においては、積分核のLaplace変換に関する行列計算に高速多重極法を利用している。具体的には、変形Bessel関数の加法定理を用いて積分核の加法分解を行っており、この手法は演算子積分法を用いる時間領域境界要素法においては、かなり一般的な手法となる。上記の成果のうち、(1)〜(3)については、高速多重極境界要素法を用いている。
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