地下部への酸素輸送機構には拡散とマスフローがある。拡散は大気-地下部間の酸素濃度差による酸素輸送、マスフローは体内の空気圧差による空気全体の輸送である。拡散による酸素輸送はマスフローに比べ輸送力が小さいものの大気と地下部では常に酸素濃度差があるため一日中働く。一方、マスフローの加圧は主に大気-植物体内の湿度差に依存するので、外気湿度が高くなる夜間などではマスフローの働きは低下または停止する。すなわち深刻な酸素不足に陥りやすい深水域に生育する種にとって拡散は重要な酸素供給方法であると考えられる。このことから、深水域などの厳しい嫌気条件に生育する種は常時安定した酸素供給が得られる拡散に大きく依存し、一方穏やかな嫌気条件に生育する種はマスフローに大きく依存すると考えた。 そこで、浅水域に分布するガマと深水域に分布するヒメガマの2種について拡散依存性を評価するために拡散由来の酸素供給速度と全酸素供給速度を測定し、その比(拡散依存度)を求めたが、水深分布の違いを説明できなかった。次に、地下部酸素要求量の指標として根乾燥重量あたりの拡散速度で評価したところ、水深分布の違いをよく説明できた。また、マスフローの大きな種は地下茎が長い(正確にはコンダクタンスが大きい)ことも確かめた。このことは、生存に必要な最小限の酸素需要は拡散による酸素輸送によって満たされており、マスフローによる酸素輸送は地下茎を伸ばして分布を広げるなどの付加的な目的に使われるという予想を裏付けるものである。つまり、拡散とマスフローによる酸素輸送を区別することが、水生植物の分布を説明するために重要であることを示唆した。
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