研究概要 |
最終年である昨年度は,予定通り共同繁殖種での雌による操作が,トランス(J. trans criptus)の協同的一妻多夫の成立に重要な役割を果たしている事,2雄との産卵(トリオ産卵)時には雌は2雄の受精そのもの,さらには2雄の受精の認識,つまり雄の父性認識を操作していることを水槽実験により検討した.その結果,雌はトリオ産卵の時に,擬似産卵を頻繁に行なうこと,産卵と擬似産卵行動の合計で雄は父性を認識しているらしい事,その情報を用いて雄は保護投資量の意思決定をしているらしい事,雌は雄の父性認識の状態を認識できているらしい事等,じつに興味深い事柄が複数示唆された.1雌2雄の産卵は,受精を巡り利害の対立が起こっており,「マキャベリ的知性」が進化する舞台である事が強く示唆された.魚類でのこのような微妙な個体認知にもとづく個体関係は,これまでほとんど例のないものであり,社会的知性の研究材料としてはモデル系とも呼べる存在であることが明らかにされた.この他,新たなタイプの実験用産卵巣を用いて産卵実験を行い,父性の操作を雌自身の意思で行っている事を明らかに示す結果も得た. また,トランスでの推移的推察についても実験を行った結果,本種が推移的推察を行うことが明らかになった.魚類での推移的推察はほとんど例がなく,この成果は追加実験を行い,近く公表の予定である.昨年度の成果全体から,社会が高度に発達した場合,ほ乳類や鳥類だけではなく,魚類においても「マキャベリ的知性」が発達する事を示すことができたと言える.これは,非常に大きな成果であり,これまでの魚類行動研究の常識を覆す新たな動きとなり得る.今年度もタンガニイカ湖の共同繁殖種を対照に研究を継続させ,さらに,今後は鏡像認知なども含め研究を大きく発展させていく予定である.
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