昆虫の匂い源定位能力の高さがファーブル昆虫記で紹介され、すでに一世紀が経った。しかし、動物が時々刻々と変化する匂いの位置や方向をどのように符号化しているのかについては不明な点が多い。本研究では、視覚手がかりのない環境で正確な匂い源定位行動を行うゴキブリを用い、位置依存的な匂い応答を示す介在ニューロン(投射ニューロン)の活動動態とその形態学的特徴を明らかにすることを目的とする。平成21年度は介在ニューロンの生理学的同定に加え、嗅覚求心繊維と投射ニューロン群の軸索の束をそれぞれ異なる色素で標識することにより、個々の糸球体に樹状突起を伸ばす投射ニューロンの数を明らかにすることに成功した。通常の匂いを処理する常糸球体は1個の投射ニューロンの支配を受けるのに対し、性フェロモンを処理する糸球体は1個の大きな投射ニューロンと複数の小さな投射ニューロンの支配を受けていた。前者は触角全域に受容野を持つタイプ、後者は触角の一部に受容野を持つタイプと対応した。さらに、嗅覚求心繊維にみられる位置依存的組織化の発生学的背景を明らかにするために、1齢~終齢幼虫の触角神経に色素注入することで糸球体への投射パターンを明らかにした。その結果、性フェロモン処理に寄与する大糸球複合体にみられる位置依存的組織化は高齢幼虫ほどより顕著になること、性フェロモンの出し手である雌にも大糸球複合体の相同糸球体があり、そこにも弱い位置依存的組織化が観察されることを明らかにした。さらに、アリの触角の嗅覚、温・湿度感覚子には形態学的タイプごとの偏在がみられ、これが位置依存的投射パターンを生じる一因となっていることを明らかにした。これらの研究は5本の原著論文、12の学会発表として結実した。以上、本研究のアウトリーチ活動、実験の進捗状況はともに順調で、計画達成率は95%と総括したい。
|