地球上に生息する生物は、種によって実に多様な形態を有している。本研究では、昆虫の肢の発生メカニズムを様々な昆虫種間で比較することにより、昆虫肢の進化・多様化の分子メカニズムの理解をかいして、生物種間における形態の多様性をもたらすメカニズムを理解することを目標としている。 昆虫肢の先端部分である付節は、種によって1~5つの分節にさらに分割されている。ショウジョウバエでは付節は5つの分節から構成されるが、発生過程においては、初めはBarとDacの2つの転写因子が隣り合って発現しており、多くても2つの領域にしか分かれておらず、その後の組織の増殖に伴い、Dacの発現が強い部分、弱い部分、DacとBarのどちらも発現しない部分、Barの発現の弱い部分、強い部分といったように5つの分節に分割される。この時、NubやRn、Apといった転写因子が、順次発現を変化させることが5つの分節領域の形成に重要であることを突き止め、これらの遺伝子の発現のタイミングが、付節の分節数の決定に重要である可能性を見出した。一方、カイコの幼虫の肢では付節は1つの分節しかなく、DacとBarの発現は、ショウジョウバエの成虫肢形成過程における初期の状況と同様に隣り合って発現したまま変化しないことがわかった。Nub、Rn、Apなどの転写因子のオーソログをクローニングして、それらの発現を解析した所、Nubはショウジョウバエと同様にその発現が変化していたが、RnとApについては、発現していなかった。このことから、カイコ幼虫肢の発生過程では、ショウジョウバエの発生初期に相当する状態のまま、その後の遺伝子カスケードが動かないことで、付節は1分節しか形成されないことが考えられた。
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