一般に止水域産卵性とされる希少両生類トウキョウサンショウウオ(Hynobius tokyoensis)について、丘陵地の流水域における個体群維持機構に関する研究を行った。現在、三浦半島の流水域下で産卵が見られるのは、主に(1)丘陵地谷底を流れる沢、および(2)耕作放棄後の谷戸田跡地を流れるリル状の水路である。この成因の異なる流水域での本種の卵嚢の分布状況および流失割合を調査した。沢と谷戸それぞれ2支河川で2009年・2010年に調査を行い、総流呈における水路構造(瀬・淵・地下水路・石の下)の割合も求めた。その結果、沢では1m当りの卵嚢数は、淵への顕著な集中(0.69個/m)がみられ、また流失割合も非常に低い(9%)ことが示された。既往研究では流水域中での石の下への産卵が報告されるが、本調査では石の下の卵嚢数密度は淵の半数程度(0.39個/m)で、かつ流失割合も高く(68%)なっていた。地下水路は卵嚢密度は石の下と同程度(0.41個/m)であったが、流失割合は比較的低かった(19%)。このため、沢状の水路を維持してきた流水域では、淵と地下水路で増水時の流失を押さえて、個体群を維持していることが示唆された。このような生息域の保全には、水路構造の多様性や一定の流定距離を確保し、産卵可能かつ消失リスクの低い水路構造が水路全般に多数存在することが重要である。一方、耕作放棄谷戸では、淵で卵嚢数密度が非常に高くなった(1.02個/m)ものの、流失割合も高く(71%)、大半が流失していることが示された。また、他の類露構造でも流失割合は高かった(71~95%)。谷戸のように以前は水田として本種の繁殖環境を提供してきた地域においては、水路では大半の卵嚢が流失していることが確認され、耕作放棄による止水環境の消失が本種の繁殖に大きな負荷をかけていると示唆された。このような生息域の個体群の保全には、谷戸田状の安定した止水域の確保・創出が効果的と考えられた。
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