植物の微量必須元素ホウ素(B)については世界各地で欠乏による作物生産の低下が問題となっているが、ホウ素欠乏障害の発生機作は明らかでない。そこでタバコ培養細胞BY-2株をモデル実験系として、B欠乏に対する植物細胞の生理応答と細胞死発生過程を解析した。 前年度までに、タバコ細胞をB欠除培地に移すと数分以内に細胞膜カルシウム(Ca)チャネルが開口し細胞外Caの流入が発生するとともに、1時間以内に種々のストレス応答遺伝子の発現が誘導されることを明らかにした。また今年度更に詳細な解析を行った結果、細胞をNADPHオキシダーゼ阻害剤で処理するとB欠除処理に伴うCa流入が著しく阻害されることを見出した。このことは、培地Bの消失に伴うCa流入が活性酸素(ROS)を介して活性化されることを示唆する。以上の知見を基に、植物細胞のB欠乏応答について次のような作業仮説を立てた:Bは細胞壁ペクチンの架橋因子として細胞壁超分子構造の形成に必須なので、B欠乏では正常な細胞壁が形成できず細胞壁の物理的強度が低下する。この結果原形質の吸水拡大が生じ、その際の細胞膜の拡張が膜上の機械刺激受容チャネルの開口をもたらす。流入したCaはNADPHオキシダーゼによるROS生産とそれによる電位依存型Caチャネルの活性化を引き起し、遺伝子発現等の細胞応答を活性化する。この仮説を検証するために本年度はRNAi法で機械刺激受容型チャネルMCA1の発現を抑制したタバコ細胞を作出したが、これらの細胞でもB欠除処理に伴うストレス応答遺伝子の発現は低下しなかった。ゲノムサイズが大きいタバコには複数の機械刺激受容型チャネルが存在する可能性が高く、その全てを発現抑制できなかったことが考えられるため、今後はゲノム配列が既知のシロイヌナズナを用いた実験系を構築する必要があると結論した。
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