Saccharomyces属酵母が高いエタノール耐性を持つことは古くから知られているが、エタノールストレス条件下や酒類醸造過程において酵母細胞内で生じる変化については、意外なことに未だ充分に解明されていない。そこで、エタノールストレス条件下の遺伝子発現制御において、転写段階以降のmRNAのプロセシングや核外輸送のステップが重要な役割を担うか検討した。エタノールストレス(10%v/v)で数分から一時間処理した酵母細胞は、ヒートショックの場合と同様にHSP mRNAの転写も活性化され転写量が著しく増加した。ところがHSPのタンパク質レベルについては、ヒートショックの場合と違ってほとんど増加しないことを見いだした。転写が活性化されるにもかかわらず翻訳産物のレベルが上昇しないことから、転写後調節によって遺伝子の発現が抑制されていると考えられた。そこで、HSP mRNAの細胞内局在をfluorescence in situ hybridizationで検討したところ、エタノールストレス条件下でこれらのHSP mRNAは核内に滞留することを確認した。この結果は、せっかく転写が活性化されたにもかかわらず、mRNAの輸送段階で遺伝子の発現が抑制されてしまう典型的な例であった。ともにbulk poly(A)mRNAの核外輸送を抑制し、HSP遺伝子の転写を活性化するヒートショックとエタノールストレスだが、前者ではHSP mRNAが優先的に核外輸送されるのに対し、後者では核内に滞留することから、両ストレス条件下でmRNA核外輸送の選択性が異なることを明らかにした。
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