研究課題
生体内で脂肪の消化酵素として働き、油脂交換やバイオディーゼル製造などで産業上も広く使われているリパーゼは、本来トリグリセリドを基質として作用する。幅広い基質特異性と高い位置・立体選択性、という両立しにくい性質を併せ持つという特徴を有することから、基質と酵素の活性中心は単純な「鍵と鍵穴」の関係とは言い難い。リパーゼは人工分子の鏡像異性体を識別し、第二級部位の左側に小さい置換基S、右側に大きい置換基Lを配置し、アシロキシ置換基が手前側に向いたタイプの立体配置を持つ分子は、その鏡像異性体に比べ加水分解に対する反応性が高い。Lの立体的にかさ高い置換基は、長鎖アルキル基に留まらず、ステロイド骨格や多環性芳香族など、幅広い種類でしかもサイズの大きいものがリパーゼの活性中心近傍に収容される。このことから鍵穴(基底状態)には両鏡像体の分子ともに入るが、鍵を回してE-S complexの遷移状態を超えようとする際、両鏡像体間でエネルギーの高さに差が生じるという機構が依馬らによって提唱され、実際に、Km,Vmax(Kcat)の値の差に反映されている。本研究費受領者はリパーゼの示す鏡像体間の速度差を利用し、大類・西田によりキラル誘導分析試薬として開発された、TBMBカルボン酸の鏡像異性体を分離することに成功した。本研究では、ラセミ体の合成基質が典型的な第二級アセタートとして、ヘテロ芳香環がL、トリフルオロメチル基がS置換基として認識された。ところが、反応が本来早いはずの1S'立体異性体であっても、Candida antarcticaリパーゼを用いたエステル交換反応の速度は、遠隔位である第四級アセタール内の2位の立体化学の影響を受けるというユニークな現象を見出し、速度論解析とドッキングスタディによりその原因を探索した。
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